東京地方裁判所 昭和45年(ワ)12843号 判決 1972年9月29日
原告
山口一郎
外二五名
以上原告ら二六名代理人
水田耕一
右補佐人弁理士
萼優美
被告
斎藤末広
外二名
右被告ら三名代理人
新長厳
被告
島正博
主文
被告らは、登録第七二一一〇〇号実用新案権に基づき、原告山口一郎、同野口政一、同鈴木繊維株式会社、同日本手袋株式会社、同松井勝巳、同武田佳一、同有限会社扶双化成工業、同西正、同前野正雄、同丸久莫大小株式会社、同東予メリヤス企業組合、同細井手袋工業株式会社、同藤本繊維工業株式会社、同久恒孝一、同高山メリヤス工業株式会社、同徳屋実、同堀利一、同一島敏明、同田中繊維工業株式会社、同島田敏則、同伊藤優、同池沢丈太郎、同矢沢雄に対し、別紙物件目録記載の手袋につき、その製造、販売の差止を求める権利を有しないことを確認する。
被告らは、登録第七二一一〇〇号実用新案権に基づき、原告鶴岡株式会社、同株式会社深瀬商店、同岩橋義明に対し、別紙物件目録記載の手袋につき、その陳列、販売の差止を求める権利を有しないことを確認する。
訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一 被告らは、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の共有者である。
名称 作業用手袋
登録番号 第七二一一〇〇号
出願 昭和三五年一〇月一〇日
出願公告 昭和三八年二月二七日
実用新案出願公告昭三八―三一八三
登録 昭和三八年七月二三日
<以下略>
理由
<前略>
三本件実用新案公報によれば、本件考案の構成要件は、次のとおりであると認められる。
1 作業用手袋であること。
2 指部、甲部、掌部および長短任意の手首部が平編によつて構成されていること。
3 口縁部表面に縫糸aが、同裏面に縫糸bがそれぞれジグザグ状に配置されていること。
4 縫糸aの一側折返部と縫糸bの同側折返部とが掛合されて手袋の編目にかかわらず縫綴されていること。
5 縫糸b、aの反対側折返部が直接または間接に掛合されてかがりつけられていること。
6 口縁部が糸環によつて被覆されていること。
四本件物件を表示したものであることについて原告らと被告らとの間に争いのない別紙物件目録の記載によれば、本件物件の構成は、次のとおりのものであることが認められる。
1 作業用手袋である。
2 指部、甲部、掌部および手首部が平編で構成されている。
3 手首部の上部から下部にかけて、太さ約0.4ミリメートルの断面ほぼ正方形のゴム条に極細の糸を巻いて被覆したものが螺旋状に挿通されている。
4 口縁端部に、太さ約一ミリメートルの断面正方形の環状ゴム条で、その円周の長さが口縁端部の円周よりやや短いものが添接されている。
5 口縁部表面(外面)に糸b(大ルーバー糸)、同裏面(内面)に糸a(針糸)、口縁端部に添接された環状ゴム条の外側に糸c(小ルーパー糸)が、それぞれジグジグ状に配置されている。
6 糸aが手袋の節目にかかわらず縫綴されている。
7 糸bの口縁端部より遠い側の折返部と糸aの同側折返部とが、口縁部表面で掛合されている。
8 糸b、aの口端部の側の各折返部が、前記環状ゴム条を包み込むように、糸cの口縁部表面側および同裏面側の各折返部とそれぞれ掛合してかがりつけられている。
9 口縁部が環状ゴム条をかがり込んだ糸環によつつ被覆されている。
五手袋の口縁部に複数の糸をジグザグ状に配置し、その各折返部を相互に掛合し、そのうちの針糸を手袋の編目にかかわらず縫綴してかがり縫を施すのは、いわゆるオーバーロック縫であること、オーバーロック縫においては針糸は一本であり、針糸以外の糸は編地の縫綴を行わないことは、被告らの明かに争わないところであるから、被告らはこれを自白したものとみなすが、右のことを前提にして前記本件考案の構成要件と本件物件の構造とを比較すると、
両者の共通点は、
1 作業用手袋であること
2 指部、甲部、掌部および手首部が平編によつて構成されていること、
3 口縁部に複数の糸がジグザグ状に配置され、その各折返部が相互に掛合され、そのうちの針糸が手袋の編目にかかわらず縫綴されて、口縁部にいわゆるオーバーロック縫が施されていること、
4 口縁部が糸環によつて被覆されていること
であり、
両者の相違点は、
1 本件物件においては、手首部の上部から下部にかけて断面ほぼ正方形のゴム条に極細の糸を巻いて被覆したものが螺旋状に挿通されているのに対し、本件考案はかかる構造を有していない、
2 本件物件においては、口縁端部に、その円周が手首部の円周よりやや短い環状ゴム条が添接され、糸a、b、cが右の環状ゴム状を包み込むように掛合してかがりつけられているのに対し、本件考案はかかる構造を有していない、
点にあると認められる。
六そこで、本件実用新案権の権利範囲について審究するに、<書証>を総合すれば、本件考案の前記構成要件のうち、作業用手袋において、指部、甲部、掌部および長短任意の手首部が平編によつて構成されていること、手袋の口縁部に複数の糸をジグザグ状に配置し、その各折返部を相互に掛合し、そうちの針糸を手袋の目にかかわらず縫綴してかがり縫を施すこと(オーバーロック縫)は、いずれも本件実用新案出願前公知であたつことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
原告らは、本件考察の前記構成要件のうち、「口縁部が糸環によつて被覆されている」ことは、およそ手袋の口縁部にかがり縫を施せば結果として糸環が形成され、右糸環をもつて口縁部が被覆されることは自明であるから、手袋の口縁部をオーバーロック縫でかがることが本件実用新案出願前から公知公用のものである以上、手袋の口縁部を糸環によつて被覆することも公知公用であつたものとしなければならないと主張するに対し、被告らは、本件実用新案出願前においては、手袋の口縁部にオーバーロック縫を施すときは、各ウエールの目毎に縫目がかかりそのためにメリヤス自身の伸縮性を阻害するものとされていたのを、本件考案は手袋のウエール数の密度の約四分の一に当る飾り縫の構成を用いることによつて伸張度が充分得られる縫成構造を案出したものであり、本件考案では飾り縫の構成によつて口縁部を被い包むことを必要とするため、一回縫では完全に被い包むことができず、被覆状態を完成するまで二回または三回重複して縫綴りすることが、本件実用新案に欠くことのできない必須要件であると主張する。口縁部にオーバーロックミシンを一回がけした手袋であることについて争いのない検甲第四号証によれば、口縁部にオーバーロック縫を一回施すことにより口縁部を糸によつて被覆することができること、およびオーバーロック縫を一回施しても、各ウエールの目毎に縫目がかつてそのためにメリヤス自身の伸縮性を阻害するというようなことがないことを認めることができる。そうであるとすれば、手袋の口縁部をオーバーロック縫でかがることは必然的に手袋の口縁部を糸環によつて被覆することになるということができ、したがつて、原告主張のように、手袋の口縁部をオーバーロック縫でかがることが本件実用新案出願前から公知のものである以上、手袋の口縁部を糸環によつて被覆することも公知であつたとせざるをえない。二回または三回重複して縫綴りすることが本件実用新案に欠くことのできない必須要件であるとの被告らの主張は、本件実用新案公報の記載自体からこれを認めることはできず、他にそのように本件実用新案権を解釈しなければならないとする証拠はない。
以上説明したところにより、本件実用新案の構成要件のすべては公知であると認められる。しかし、本件実用新案権が権利として成立している以上、この権利を無内容のものとして取扱うこと、すなわち実質的にその登録を無効のものとして扱うことができないから、本件権利は本件実用新案公報に記載されている字義どおりの内容をもつものとして最も狭く解するのが相当である。
そうすると、本件実用新案公報の実用新案登録請求の範囲の記載ならびに同添付図面第二図および第三図によれば、本件考案におけるオーバーロック縫において三本糸を使用したものは、手袋の口縁部表面に針糸(糸a)を、同裏面に大ルーパー糸(糸b)を配置したものに限られると解すべきである。しかるに、本件物件においては、針糸(糸a)を口縁部裏面に、大ルーパー糸(糸b)を同表面に配置しているから、本件物件は、その点ですでに、他の点を判断するまでもなく、本件考案の技術的範囲に属しないものといわざるを得ない。
七以上のとおり、本件物件が本件実用新案の技術的範囲に属しないことを理由とする原告らの本訴請求は、いずれもその理由があるからこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。
(荒木秀一 高林克己 野沢明)